6時頃に起床。思ったよりも深く眠れた気がする。


0623下呂 キハ48 3809

行程の最初の部分は、1年半前の撮影行を踏襲する。敢えて同じ撮影地で、真夏と真冬に撮影するというのも、どちらもピクチュアレスクであるから面白くなりそうだ。1年半前は美濃太田が前泊地であったため朝が早かったが、今回は下呂なのでスタートも楽である。

渚駅にて下車。1年半も経っていると思うと恐ろしい。あの時は「夏の静かな朝」といった印象であったが、今回は「冬に閉じ込められた朝」である。特急との交換を終えると、キハ48は銀雪の谷へ向けてゆっくりと滑り出していった。


>■撮影:4710D、4705D@飛騨小坂~渚

撮影は、オリジナルアングルの橋梁サイドと、同じ橋を渡るさまを望遠で切り取る構図。どちらも2013年8月に撮った場所である。
思い通りの銀世界の絵に、思わずニヤリ。ついでに後者の撮影地でベニマシコも見る&撮ることが出来て、満足。なぜか一緒にルリビタキのメスがいたのだが、何だあれはw

2本の撮影を終えて、移動が待っているので足早に撤収。ちょうど計算通り、移動の列車発車の3分前に渚駅に戻る。


0834渚 キハ25-1002

今日は高山でレンタカーを借りる事になっている。これを決めたのは、実は東京を出てからである。キハ25が12月から運用開始し、当初ならこの区間でキハ40を1日に10本撮影出来たものが、6本しか撮れなくなってしまっていることがきっかけである。車を使って足掻けば6本をどうにか8本まで増やすことが出来るため、舞鶴にいる間に決断した。ニコニコレンタカーという格安レンタカーの利用は、少々不安ではあったが、当初の予定では飛騨小坂から飛騨細江、角川あたりまでの間で乗ると考えていたので、まあ良いかと判断した。
しかし昨晩の移動中にローテを確認すると、明日は国鉄色は高山方には来ず、下呂で南へ折り返す運用のようである。そこで急遽計画を組み直し、高山で借りた車で一気に下呂以南まで南下し、この列車を撮ろうという計画にした。これでも撮影本数は8本になるので、ロスは無い。

駅に着き、用を足してからレンタカー店へ。非常に好印象な対応であった。車は6万キロほど走行したホンダ・ライフ。傷の確認も一緒してくれるので、トラブルの予感もない。とにかくあとは安全運転を心掛けるのみ。道路は一本なので、カーナビも付けなかった。9時15分頃に出発。


>■撮影:4715C、4714C、4716C@飛騨金山~焼石~下呂

移動は案外あっけなかった。道が思ったよりもかなりしっかり整備されていたからである。相変わらずトラックに煽られストレスではあったが。キックダウンする時の挙動・間の感じから、少し車の古さを感じる。

4715Cは、焼石~下呂の定番撮影地で橋梁サイド。予測通り国鉄色を先頭にやってきた。同業が10人くらい来るのかと思い、不動橋の袂の林道入口のスペースに上手く寄せて駐車しておいたのだが、結局誰も来なかったw この絵画を独り占めしたと思うと気分も良い。しかしやはり気温が上昇しており、着雪が徐々に落ちてしまっていた。それでも国鉄色の差し色が美しく舞台に映えた。

4714Cの撮影までにはあまり時間が無い。車で南下し、焼石~飛騨金山の下原ダム手前、これもまた定番撮影地で仕留める。ここは駐車帯から撮れるので非常に楽である。白の2連が緑の舞台に映える。南下したことも、昼に近付いてきたこともあり、着雪が一気に無くなった。

4716Cは後ろに国鉄色が入る、4715Cの折り返し運用である。それまでに時間があるので、釣鐘トンネル付近の「つりがね園」で昼食。思ったよりも300円以上値段が高いw 店主夫婦の孫と思しき小学生がおしぼり・おひやを運んできた。そういえば世間は祝日である。カツ丼定食を食す。美味。
束の間の休息の後、当初から決めておいた、瀬戸発電所から1kmほと北にある2つの連続橋の通過を河原から撮影。北側の橋が水鏡っぽくなっており、また午後から差してきた薄日のせいで南側の橋はどう足掻いても逆光になるので、北側に狙い撃ち。関係の無い下りのキハ25が遅延したせいで若干時刻が狂い、予期せぬタイミングで来たので構図がギリギリになってしまった。何とかなったが。


>■撮影:4718D、4719D、4722D@飛騨小坂~渚

再び車を北に走らせ、飛騨小坂~渚の、これもまた夏に訪問した撮影地を訪れる。道が単調で少々眠気も混じるので、大声で歌って吹き飛ばす。

4718Dは午後の4連。サイドがちに撮ると何となく鬱陶しい印象になるので、無数原近くの橋梁小俯瞰で望遠気味に仕留める。ちょうど1年半前と同じ列車を同じ場所で仕留めることとなった。昼下がりの柔和な陽光に期待したのだが、太陽は列車通過の10分前に薄雲の向こうに消えてしまった。

4719Dは、小坂久々野バイパスのトンネル開通により「旧道」と化した益田街道から、飛騨川沿いの景色で仕留める。せっかく2台持ちしているので、本命は望遠で渓流と残雪の上の橋梁をゆくさまを、サブ機で引き付けてサイドがちに撮影。さらには後追いも撮れるというお得感。白の2連をきっちり仕留める。

最後の4722Dまでは少し時間があるのだが、アングルの候補があまり浮かんでこなかったので、朝の撮影と同様の橋梁を、逆側の国道から小俯瞰気味にサイドで仕留める事にした。しかし何とやってきたのはステンレスの侵略者。予習が足りなかったのか、それとも急遽差し替わったのか。かなり緻密に計算したアングルで待ち構えていただけに、そんなことを後から調べる気力も起きぬほどのショックであった。大トリで大コケとは笑い物である。

そして高山へライフの返却回送。途中で誤ってクラクションに親指をかけ、宮峠付近でみだりに長緩警笛を鳴らしてしまった。先行する地元の軽自動車を煽る謎の怪しい「わ」ナンバーの軽自動車になってしまった。何とも申し訳ない。
予定よりも少し早く到着し、返却・給油も問題なく済んだ(ニコニコレンタカーはガソリンスタンドと提携することで一気に店舗を増やしているのかな。)ので、計画よりも1本早い列車で高山を足早に去る。


1752高山 キハ40 5803

去る瞬間に思ったが、高山で何も買わず、何もせずw まあいいか。
一本後の列車はキハ25であると分かっていたので、こうして40に乗れたのは幸運である。計画では来るはずだった飛騨細江、角川などを過ぎ、気づけば猪谷手前で貸切列車になっていた。高山本線、大丈夫かw

猪谷では乗換時間が少ないため、撮影は出来ず。もしかするとこの線区ではキハ40とは最期の挨拶になるのかもしれないと思うと、無性に寂しくなった。数十メートル先にあるJR西日本のホームまで歩く間、幾度も振り返っては心の内で手を振った。冬に閉ざされる猪谷の駅に、客も無くただちょこんと佇んでいる国鉄型気動車の尾灯がふたつ、儚げに、名残惜しそうに光っていた。


1900猪谷 キハ120 347

40と連続で乗ると、「バスw」といきなり思わせられる。
楡原までの間にいきなり眠る。その後も運転の疲れが出たのか、寝たり起きたりで、速星の工場くらいしかろくに覚えていないw
あっという間に富山に到着。


夕食は、八尾の手打ちそば、白エビのから揚げ、寿司3貫、生地の地酒「幻の瀧」と富山尽くし。明日からの北陸線惜別撮影に向け、前祝いである。
東横イン(Jr.がなくなって統一されたらしい。新幹線開業前に宿泊施設減らしてどうすんだw)にチェックイン。3連泊は初かもしれない。安心の室内で、翌朝の計画を練り、眠りに就いたのはやはり日付を跨ぐ頃であった。


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