30日。4時半起床。
ついに、485系T18編成、最後の晴れ舞台の一日の夜が明けた。

しかしまあモニコの音量がデカく、寝起きの悪いくはね氏も一発起床であったw
そそくさと準備を終え、出発。旅先での朝の立ち上がりの早さに関してはなかなか訓練されているなあと我ながら感心してしまうw

移動中は睡眠と食事。間島駅に到着し、パーイチ牽引の貨物列車を狙いに定番撮影地へ歩く。日の長い時期に来ると、こんなにも朝は明るいものか。海は青く穏やかで、吹き抜ける朝風が心地よい。唯一クマとの遭遇だけが怖かった。
定番撮影地はすでに10人強のヲタが陣取っていた。まだ入れなくはない、といった感じであったが、俯瞰ポイントにゆくことに決定。こちらもクマが怖かった。先客は1名。

列車はほぼ定時で通過。編成すべてに光は回らなかったが、十分絵になる一枚となった。要所要所に、季節や時間を感じさせるファクターが盛り込まれている構図であり、個人的にはかなり好きである。
「どうだ!」と言わんばかりのキメキメの構図は、どうも現実と隔離されているような、それこそ文字通り「お立ち台」的な印象である。それよりは、自分がそこに赴いた時の記憶を想起させてくれるような力を持っていて、それでいて絵として美しく成立している構図のほうが好みである。もっとも被写体を時代に奪われている今となっては、贅沢な話になりつつあるのだが。

さてパーイチのみ仕留めて撮影地を後にする。他のヲタからしてみたら我々の行動はなかなかクレイジーなのかもしれないw

間島からはあつみ温泉まで移動。50分程度の乗車である。やはりこの区間の移動はキハ40系列に限る。

あつみ温泉からは五十川方面へ歩く。思ったよりも撮影地は遠かった。1.5km程度歩いただろうか、立岩バックの撮影地に到着。本命の485系は後追いとなるが、時間的にどう立ち回っても逆光の撮影地ばかりになるので、ここでサイドがちに仕留めて順光にしようという作戦である。

撮影地までのアプローチは思ったよりややこしく、正解は暮坪トンネルの旧線を抜けるルートだった。短いとはいえ、旧線の隧道がオープンになっているケースもなかなか珍しい。


なかなかクマが怖い撮影地であったので、ラジオを鳴らしてみたら、あっという間に直射日光でスマホが高温になり、「高温注意」でしばらく機能停止した。初めて見る画面であった。
そして、練習列車がやって来なくて不審に思い調べてみたら、なんと線路内人立入とのこと。ヲタがやらかしたか!と思っていたが、しばらくしたら「人身事故」との情報が出てきた。これは本命まで響いてしまうかと思ったが、下りはそこそこ順調に走っているようであった。
鈍行を中心に練習列車は着実に仕留める。海は凪の間は空と同じような淡青色で、水平線近くを望遠構図で切り取るとどっちが上だかわからないような、まるで抽象画のような絵になって面白かった。時間が経ち、太陽が高く揚がり、風が吹き始めると、海はいつもの青さを取り戻していった。

そして「653史上最高の1枚」を撮り、ついに本番の通過予定時刻が近付いてきた。が、上りの普通がダイヤ乱れのせいでなかなか来ない。ここは複線区間なので、最悪の場合は被りもあり得る。まさかここまで遠路はるばるやってきて被られてはどうしようもない…が、今更どこに転戦することも出来ない。同業はなんとゼロ。最悪の場合「二人負け」になってしまう。
緻密に計算してみると、おそらく普通がわずかに早く通過してくれるという結果になり、それを信じるしかなかった。

11:14。普通列車が通過していった。安堵のあまり、撮影はほとんど頭も使わず集中もせず「処理」のようだった。

そして1分後。本命がやって来た。次に北上する時は一人、最期の旅になるのだろう。人を載せ、たくさんの人に見守られながらの、最後の「ハレ」の下り列車には、燦々と陽光が余すところなく降り注いでいた。この時期の太陽はかなり高度があるため、側面は計算上は順光なのだがあまり色が出ず、そこだけは想定外であったが、十分な絵を得ることができた。同業もなく、被られず、晴れ。最高の舞台で、最高の条件下で、見送ることができた。


さて、しばらく時間があるので、旧暮坪トンネルを撮影。12mmだとなかなか歪んでしまうが、それはそれで面白かったw
隧道内は涼しかったが、外はとにかく暑い!

コンビニでアイスを買い、柵越しに海を眺めながら食す。
駅前の矢口食堂が開いていたので、ここで昼食。チャーシューメン、実に美味。味自体はとにかくクラシックに徹していたが、肉屋も兼ねているだけあり、チャーシューの質が素晴らしかった。土曜の昼ということもあり、地元の客で店は非常に賑わっていた。


しばらく波打ち際で時間を潰し、列車移動。越後寒川へ。なかなか疲れてきているため、眠ってしまった。

脇川は3回目の訪問。練習の653通過時はとてもよく晴れていて、これまた「653史上最高の1枚」をまた撮ってしまったw しかし天気予報の通り、本命通過の20分ほど前から曇り始めて、世界の色はたちまち失せていった。そのかわり木々と海の質感は美しかったので、構図を大きく変える。思ったよりも本命は唐突に現れたので、セットしておいたビデオは回せなかったが、なんとか写真は収めた。蓬莱山の陰に消えゆくまで、ゆっくりと見送った。

さらば、T18編成。海原のむこう、白く霞む遠景の中を、気持ち良さそうに滑りゆく国鉄色の帯を、僕はきっと忘れないだろう。


その後は普通列車を2本、脇川大橋の上から構図を変えて撮影し、終了。


帰路は村上で時間があったので、コンビニで地酒の普通酒(カップ酒)を購入。新潟への道中は115系。朝は129とかいうバケモノだったので、実に落ち着く。

新潟からは新幹線。予定より1本早く、20:19発。駅弁は売り切れていたのでコンビニ弁当とつまみで打ち上げである。
しかし発車5分後、突如停電。車両トラブルかと思い不安になったが、なんと地震であった。この後20分ほど停車し、燕三条の駅の直前で10分ほど停車(謎の「先行列車」は一体何だったのか)、そのままの遅れで行くかと思いきや越後湯沢で2時間ほど停車し、東京駅に帰着したのは25時10分。いろいろと首都圏も乱れまくっていたようなので、幸い中央線もまだあった。帰宅は2時半前と、実に壮絶な帰路であった。


生きて帰って来られたことを幸せに思うことにしよう。


さらばT18編成。本当に、楽しかった。



31日は、ほぼ何もせず。またブルーモーメントがやってくる。5月の終わり。

コメント

くはね
2015年6月9日23:04

いやー、もう一週間以上経ったかと思うと早いもんだね。
写真を見返してみるとじわじわと思い返すものがあって、改めて一時代の終わりを感じるな・・・
おつでした!

Nosuri
2015年6月10日22:56

早いねえ…いなほ、北越、北陸本線、いろいろな景色が思い出されるね。幼い頃、大長編を読み終えてしまった時に味わったような喪失感が。。
とにかく乙でした!

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索